精密機器メーカー、オリンパスの内部通報制度をめぐって同社の社員だった浜田正晴さん(62)が同社を相手取って起こした訴訟など著名事件の記録が裁判所によって廃棄された問題で、最高裁事務総局の幹部が5月30日午前、浜田さんとその代理人だった中村雅人弁護士に会い、おわびした。幹部は浜田さんらに対し、「考え方を改め、同じようなことが繰り返されないような形でやっていきたい」と述べたという。最高裁の当局者が個別の事件をめぐって原告当人に直に謝罪するのはきわめて異例。
By 奥山俊宏 Okuyama, Toshihiro / Arc Times 寄稿ライター、上智大学教授
記者会見で頭を下げた最高裁の事務総局幹部
神戸連続児童殺傷事件の記録が神戸家裁によって廃棄されていた問題が発覚して裁判所への批判の声が高まり、最高裁は昨年秋、記録の保存・廃棄のあり方について有識者委員会を立ち上げて是正策を検討してきた。5月25日、最高裁は、有識者委の意見を踏まえた調査報告書を公表。記者会見で、事務総局の小野寺真也総務局長は「後世に引き継ぐべき記録を多数失わせてしまったことについて、深く反省をし、事件に関係する方々を含め、国民の皆様にお詫び申し上げます」と述べ、部下の川瀬孝史総務局第二課長、南宏幸参事官とともにテレビカメラの前で頭を下げた。
浜田さんの訴訟は、一流とみられている大企業であっても、その内部通報制度が形ばかりで、通報者の氏名を当事者に漏らすなどその運用に不正があり、さらに、左遷された通報者が最高裁で勝訴判決を得た後も元の職場に戻れない実情を明らかにした。こうした経緯は、内部通報制度の実効性をめぐる議論を呼び起こし、2020年に公益通報者保護法が初めて改正された際にその内容に影響を与えた。その訴訟記録がひそかに廃棄されていたことは、有識者委員会で検討が進むさなかのことし2月初旬にArc Times掲載の記事で発覚した。
運用要領に違反し、記録を廃棄していた東京地裁
浜田さんとオリンパスの一連の訴訟は、最終的に2016年2月に東京地裁での和解で全て終結し、その訴訟記録は同地裁で保管されていた。他方、2019年2月に、憲法の保障する生存権をめぐって争われた「朝日訴訟」など著名な訴訟の記録が東京地裁によって廃棄されていた問題が朝日新聞の報道で判明し、同地裁は最高裁の職員とともに改善策を検討。2020年2月、「主要日刊紙のうち2紙以上に終局に関する記事が掲載された」など客観的な基準を設け、それにあてはまる記録を特別保存(永久保存)に付すとの運用要領を定めた。浜田さんとオリンパスの訴訟の終局である和解は2016年2月に全紙で報じられ、この基準を満たしていた。ところが、東京地裁はこの運用要領に違反し、2022年2月にその記録を廃棄した。
5月25日に公表された最高裁の調査報告書によると、オリンパス内部通報事件が2016年に終局に至った当時、東京地裁で「特別保存のために日刊紙2紙掲載の情報を集約するという事務」は行われておらず、このため、2020年2月以降、運用要領の基準を保管中の記録にあてはめるには、過去に遡って日刊紙2紙への掲載状況を確認するか、あるいはその代替策が必要だった、とされている。東京地裁ではもともと、広報対応のために判決の報道状況を一覧にしたリストをつくっており、それを使った代替策はとられたが、このリストには、和解で終結した事件は載っておらず、そのため、浜田さんとオリンパスの訴訟の記録は特別保存に付されることなく、廃棄されてしまったという。
最高裁「遡及適用の問題に十分対応できず」/不適切な対応認める
最高裁の調査報告書によると、運用要領で「日刊紙2紙」基準が定められた2020年当時、最高裁は、東京地裁など下級裁判所での実際の対応について、「ある程度は検索してくれるだろう」という程度の認識にとどまり、具体的な対応状況について聴取したり、これを各裁判所にフィードバックして運用を支援したりすることがなく、明確な方針を示さなかった。「日刊紙2紙」基準の実際の運用にあたって「遡及適用の問題」が生ずることになった背景には、このような最高裁の不作為があった。最高裁は今回、調査報告書の「総括」の章で「遡及適用の問題について十分に対応ができておらず、再び歴史的、社会的な意義を有する記録が失われる事態を招いてしまった」と、みずからに不適切な対応があったと断じている。
浜田さんと中村弁護士の説明によれば、最高裁側の招きで5月30日午前、同裁判所を訪問。同裁判所内の会議室で、総務局の川瀬第二課長、南参事官と会い、その冒頭、2人から深く頭を下げられ、浜田さんは「真摯に謝罪してくれた」と感じたという。20分ほどにわたって、2人から調査報告書の内容の説明を受け、そのあと40分ほど質疑した。
浜田さんに、「同じ過ちを繰り返すわけにはいかない」と最高裁が説明
浜田さんらによれば、質疑応答のなかで、最高裁側は、「今後また同じ過ちを繰り返すわけにはいきませんので、最高裁としては、もう既に終局した事件も含めてできる限り特別保存に付すことができるような仕組みを作って下級裁に周知しようと思っております。なので、これは当然、東京地裁を含めて下級裁で同じようなことを繰り返されないような形でやっていきたいと思っております。『終局した事件については2紙掲載基準を適用しないんだ』というようなそういう考え方は改めていく、それは東京地裁も含めて実行してもらうというふうに考えております」と説明した。最高裁の調査報告書によれば、新聞記事のデータベースを検索することで、終局時にさかのぼって日刊紙掲載の有無を確認する方法が検討されている。
廃棄されてしまった記録について、浜田さんや中村弁護士は、事件に関係した法律事務所に協力を求め、記録を復元することを裁判所側に求めていた。これについて最高裁の調査報告書は「困難であると言わざるを得ない」と退ける一方で、「関係資料を所持する事件関係者が、当該関係資料の保存等を希望する場合におけるその保存等の可能性について、内閣府・国立公文書館との間で協議しつつ検討する」としている。
廃棄記録をどう復元? 最高裁「公文書館と協議しながら進める」
浜田さんらによれば、この点について、最高裁側は「なかなか当時そのままの復元というのは難しい」と説明する一方で、「何とか何らかの方法で、後世に伝えていけるようにすべきではないかという問題意識がございまして、内閣府や国立公文書館とも協議しながら、ここは何としても(公文書館での受け入れを)実現できるように進めていきたい」「もちろん相手方(公文書館)もある話で、裁判所の一存だけで決められる話ではありませんので、公文書館と協議しながら進めていかないと」と述べたという。
面談が終わった後の30日午後、浜田さんと中村弁護士は、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見し、中村弁護士は「裁判所は何回も何回も記録廃棄の過ちを繰り返しているが、今度こそ過ちをやめさせなきゃいけないと思う。今回、裁判所の決意は伝わってくるが、予算取りや人員増をやってもらわないと、本当に再発防止につなげられるんだろうかと不安を覚えている」と述べた。中村弁護士と浜田さんによると、一連の訴訟記録の大部分は、中村弁護士の法律事務所でコピーを保管しており、最高裁と国立公文書館の間で段取りができれば、それに協力して公文書館にそれらを寄贈するつもりはあるという。
記録廃棄していた東京地裁「最高裁の調査報告書、真摯に受け止める」
浜田さんとオリンパスの訴訟の記録の廃棄について、東京地裁は取材に対し、「当該事件記録の廃棄の経緯等については、最高裁による報告書記載の通りである。今後、最高裁において、関係する諸規程の改正等が行われると聞いているが、当庁としても裁判所の記録の保存・廃棄のあり方に関する調査報告書の内容について真摯に受け止め、新たな諸規程に従った適切な運用等を確保してまいりたい」とコメントした。
Published at 13:07 JST on June/3rd/2023
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