2022年は、”おそらく歴史の転換点だった”、と後世に評価されるであろう年になりました。歴史的な事象が起こるとき、メディアはその最前線で即座に判断することが求められます。ネットやSNS時代に要求される判断のスピードは文字通り、瞬時になっています。そうしたデジタル時代のなかでも、記者は時には権力者に対して、「王様は裸だ」とシンプルに言えるアナログさ、胆力が必要です。
歴史的な局面で、日本の伝統的な大手メディアが対応力を失っていることが2022年ほど明白になったときはありませんでした。権力との一体化が、メディア企業としても、多くの記者の間でも、進んでいることが原因です。その現実を目にしたとき、私は今こそ、権力ときちんと対峙でき、市民の側に立つ気概を持った新たなメディアが必要だ、と考えるに至りました。デジタルの深化が進むなかで、動画やSNS、音声に即したメディアこそが進むべき道だと感じ、記者として29年を過ごした朝日新聞社を6月末に辞め、7月からArc Timesをスタートしました。
安倍晋三元首相が暗殺された後の7月の間、統一教会について、「報道すれば、危害を加えられるのではないか」とおびえた日本の大手新聞が、ほとんど報じようとしませんでした。編集幹部の「慎重に」という指示を合言葉に、2千人近い記者が萎縮した結果です。私にとって大きなショックでした。リスクを承知で報道を続けた日本テレビやTBSら一部のテレビ、有田芳生さんや鈴木エイトさんら気骨のあるジャーナリスト、そして私たちのようなネットメディアの報道で、統一教会についてのリポートはつながっていき、その後、岸田政権の屋台骨を揺るがす事態になりました。ニュース報道の主役は、すでに、大手新聞から移り始めています。
メディアの劣化は、記者会見などの最前線の現場でとくに顕著です。財務省の会見の場では、司会を務める大手メディアの記者の一部が「質問は2問まで」と厳しく制限したり、「大臣の予定がありますので」と私の質問を遮ったりすることが少なくありません。私が身を置いてきた米ホワイトハウスや英首相官邸の会見場では、記者が連携して質問を繰り出し、当局から回答を引き出すのが常でした。ところが、日本ではいま、一部の記者は当局と半ば一体化し、質問を取り締まる側に回っています。
日本で、政治家や官僚ら権力側と記者との距離が近すぎることも、大きな問題です。日本の大手メディアの、特に政治部の記者たちは、自分が番記者としてマンツーマンで担当した政治家が力を持つかどうかで、自らのメディア内での出世が決まるだけでなく、退職後も、仕事などの世話をしてもらっているケースがあります。記者と権力者の近すぎる距離は、先進国の中では、日本特有の問題です。
「権力と一体化する日本の大手メディア」と「権力者との距離が近すぎる日本の記者」では、読者や視聴者のための報道はできません。
私は、日本の霞ヶ関や永田町を長年取材してきただけでなく、アメリカのホワイトハウスで、オバマ大統領やバイデン副大統領(現・大統領)、大統領最側近の高官たちを直接取材し、記者会見でもいつも質問してきました。昨年までは、米西海岸で、グーグルのスンダー・ピチャイCEOやアマゾン創業者のジェフ・ベゾス会長、テスラのイーロン・マスクCEOを前にし、直接質問をぶつけてきました。そうした経験で培った、「権力と対峙しながら、常に読者や視聴者の側に立って、取材し、報道し、市民の皆さんが考え・行動するきっかけになる材料を提供する」というメディアの姿勢の基本を、日本と世界で続けていきたいと考えています。
こうした報道のためには、責任を取れる強い個人がメディアを創設し、強い個人である記者たちが集う必要がある、と私は考えます。そのために、Arc Times を創設しました。私たちは、政治家にも、官僚にも、大企業にも、おもねることも、へつらうこともありません。取材なしに外側から批判するのではなく、中枢に飛び込んで当事者を取材し、虚心坦懐に、事象や課題を見つめ、専門的な分析を加え、徹底的に読者と視聴者の側に立って、ニュースの本質を深くお伝えしていきます。
日本や世界には、今の大手メディアのあり方に疑問を感じている市民の皆さんが大勢いると思います。この新たな取り組みを、ご購読や寄付などを通じて、ぜひご支援いただきたいと願っています。7月に始めたArc Times のYouTubeチャンネルでは、5ヶ月でチャンネル登録者数が3万人を超え、月間視聴数も130万回を突破しました。同様の日本のニュースチャンネルの大手の一角に食い込み始めており、大きな手応えを感じています。
また、大手メディアの内部やその外側にも、既存メディアに忸怩たる思いを抱えて悩んでいる、誠実で才能ある記者や、記者の卵たちがたくさん存在しています。エンジニアとしての高い専門性をメディアの中で生かし、社会にインパクトを与える仕事をしたい技術者たちも大勢いると思います。そうした人たちに、この新たな試みに興味を持ち、ぜひ加わっていただきたいと考えています。
日本や世界の市民社会には、政治や行政、企業などのさまざまな権力ときちんと距離を置き、徹底的に市民の側に立って、ニュースの本質を忖度なく伝える健全なメディアが不可欠です。権力に対して躊躇なく「王様は裸だ」と言えるメディアが必要です。Arc Timesはそれを体現する存在になりたいと考えています。
Arc Times の今後の展開にぜひご期待ください。
2022年12月30日
Arc Times 創業者兼CEO、編集長 尾形聡彦