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【星浩の眼】「説明なき防衛増強」岸田政権の危うさ

「統一地方選などで民意の離反が明らかになれば、岸田政権は行き詰るのは必至だ。それは自民党内の混乱にとどまらず、野党も巻き込んだ大乱につながっていくだろう」

By  星浩 Hoshi, Hiroshi  /  Arc Times コラムニスト

星浩 Hoshi, HIroshi
星浩 Hoshi, HIroshi

 2023年、岸田文雄政権は防衛費の大幅増額とその財源としての増税をめざす。ロシアによるウクライナ侵攻と中国の軍事的台頭という国際情勢の変化が、日本に防衛力の増強を迫ってきた格好だ。岸田首相はバイデン米大統領との首脳会談で防衛力増強への転換を表明、手放しで称賛された。だが、肝心の国民や国会への説明はほとんどなされていない。自民党内にも不満がくすぶり、野党は全面対決の構えだ。統一地方選などで民意の離反が明らかになれば、岸田政権は行き詰るのは必至だ。それは自民党内の混乱にとどまらず、野党も巻き込んだ大乱につながっていくだろう。

 

岸田首相は「防衛費増額は現実主義による判断」と周辺に語った

 

「強権体質」が指摘された安倍晋三元首相、菅義偉前首相に代わって登場した岸田首相は「ハト派」「リベラル派」を自認していたこともあって、自民党政治が変わるのではないかという期待が出ていた。しかし、実際には凶弾に倒れた安倍氏の国葬を強行し、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を認め、防衛費の大幅増額という方針も決定。財源として増税に踏み切るという。岸田首相は自身が率いる宏池会の理念について「ハト派であると同時に現実主義。防衛費の増額は中国の台頭を抑止するという現実主義による判断だ」と周辺に語っている。

 防衛力増強の中身とプロセスを振り返ってみよう。岸田政権はまず、22年末に国家安全保障戦略などの防衛3文書を改定した。国際情勢の認識として中国を「最大の戦略的挑戦」と位置付けたことは、大方の理解が得られるだろう。問題はその対応策だ。文書では「力強い外交を展開する」としているが、中国に対してどう向き合っていくのかを含めて、具体的な外交努力の方向は見えてこない。外交関係予算も増えておらず、日本が途上国支援のテコとしてきた政府開発援助(ODA)はこの25年間で半減となっている。

 新たに文書に盛り込まれた敵基地攻撃能力については、敵が日本への攻撃に「着手」した段階で日本からのミサイル攻撃などができるとしている。その場合、国際法が禁じている先制攻撃にならないのか、岸田首相が堅持するとしている「専守防衛」には反しないのか。疑問は尽きないが、岸田首相から明確な説明はない。

 

NYT紙は、〝日本を「将来的な軍事大国に」〟と報じた

 

 そうした中で防衛費の大幅増額が先行する。岸田首相は5年間の防衛費を27兆円から43兆円に増額させることを宣言。巡航ミサイル・トマホークの購入など防衛費の増額を求める米国の意向に沿って総額を示した。増額分の財源についても、自民党税制調査会でドタバタと固めた。

 歳出削減などで3兆円を確保し、法人税の引き上げ・復興特別所得税の転用・たばこ税の引き上げによって1兆円強をねん出するというが、具体的な増税時期は24年度以降に先送りされた。歳出削減ができるなら、毎年30兆円を超えている赤字国債の減額に回すべきなのに、防衛費の財源に回すという。大幅賃上げを求められている企業としても、法人税増税が控えているとなれば、賃上げを渋ることになりかねない。筋の悪い防衛費増額と増税の内容となっている。

 一方で、政策決定のプロセスにも批判が相次いでいる。敵基地攻撃能力の保有も防衛費増額もその財源となる増税も、国権の最高機関である国会には一切、諮られていない。通常国会に先駆けてワシントンで開催された日米の外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)で日本側は敵基地攻撃能力の保有を伝え、①宇宙空間を日米安保条約上の米国による対日防衛義務の対象とする②離島有事に対応する米軍の海兵隊を再編し海兵沿岸連隊を新設する、などで合意。続いて開かれた岸田首相とバイデン大統領との首脳会談で、首相は「防衛力の抜本的な強化を定めた。これは日米同盟の抑止力を強める」と表明。大統領は「我々は軍事同盟を強化している」と評価した。

 この首脳会談について、ニューヨーク・タイムズ紙は、両首脳が中国に対抗するために日本を「将来的な軍事大国」にしていくことで協力していくことになったと報じている。

 

「党税制調査会で決める話ではない」。自民党内で菅前首相から異論も

 

 岸田首相は一連の防衛政策の大転換について「決定プロセスに問題はない」というが、日本国民と国会に説明する前に米国に伝えるという手法には、与野党から疑問の声が出ている。

 政策の大転換というのに、決定プロセスは政府内の安全保障会議や有識者の意見聴取、自民党税制調査会での議論など旧来型に終始したことにも問題がある。歴代政権でも、1989年に消費税を導入した竹下登首相は、「辻立ち」と称して全国各地でタウンミーティングを開催。消費税に対する国民の疑問に直接答えた。2005年に郵政民営化を実現した小泉純一郎首相は、竹中平蔵氏を関係閣僚に起用、「広告塔」としてメディアに登場させ、郵政民営化に対するあらゆる疑問に答えさせた。岸田政権はそうした知恵を欠いている。

 「日米同盟の連携を強く確認できた」と高揚する岸田首相と冷ややかな視線を送る与野党という構図の中で、1月23日からは通常国会が始まる。野党にとっては、敵基地攻撃能力や防衛費増額の根拠など突っ込みどころ満載だ。自民党の中には防衛費増額のための増税に不満がくすぶる。党内では菅前首相が「防衛費増額と増税は党税制調査会で決める話ではない」などと岸田首相の決め方に異論を唱えているという。閣僚の新たなスキャンダルなどで国会審議が紛糾することも予想される。物価高が続き、国民生活が厳しくなれば、「経済無策」と政権批判が強まるのは確実だ。

 

G7広島サミット後に岸田氏に「解散」パワーが残っているかどうかが大きなポイントだ

 

 4月の統一地方選では41道府県の議会議員選などが行われるほか、千葉、和歌山、山口などで衆参両院の補欠選挙も予定されている。自民党が苦戦するようだと、次の衆院解散・総選挙に向けて「岸田首相で戦えるのか」といった声が高まってくるだろう。
岸田首相は、5月のG7広島サミット(先進7か国首脳会議)でウクライナ支援や対中外交で連携を確認し、核軍縮に向けた協調姿勢をアピールしたい考えだ。外交での得点で政権を立て直せるかどうか。サミット終了の時点で岸田首相に衆院解散という政治的パワーが残っているかどうかが大きなポイントとなる。

 日本の政治が停滞している根本的な原因は、経済や社会保障、安全保障など日本が抱える課題が重く、複雑になっているのに対して、それを解決する政治の力量が貧弱だという点にある。①自民党が立ち直ってまっとうな政策を遂行する②政権交代で野党が政権を担う③与野党の大連立で強力な政策遂行態勢をつくる――といった選択が考えられる。だが、そのいずれも簡単ではないところに日本の閉塞感が募る。


星浩(Hoshi, Hiroshi)

Arc Times コラムニスト

TBSスペシャルコメンテーター。1955年生まれ。東京大学教養学部卒業。朝日新聞社入社。ワシントン特派員、政治部デスクを経て政治担当編集委員、東京大学特任教授、朝日新聞オピニオン編集長・論説主幹代理。2013年4月から朝日新聞特別編集委員。2016年3月からフリー。同年3月28日からTBS系の報道番組「NEWS23」のメインキャスター・コメンテーターを務める。著書に『永田町政治の興亡』(朝日選書、2019年)『官房長官 側近の政治学』(朝日選書、2014年)、『絶対に知っておくべき日本と日本人の10大問題』(三笠書房、2011年)、『安倍政権の日本』(朝日新書、2006年)など。

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